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【アラベスク】  第8章 荊の城



第2節 鰯のそらと蝉のかぜ [10]




 風通りの悪い、古びた写真パネルに見つめられる駅舎。椅子に座る男女と、やや離れた位置から見下ろす男子。三人とも、言わずと知れた唐渓高校の有名人。
 聡はチッと舌を打つ。
 美鶴がどれだけ腹を立てようが、どれだけ不機嫌になろうが、そんな事はどうだっていい。
 目的はただ一つ。その一つのみをまず、達成したい。
 もはや手段も選ばない聡の態度に、瑠駆真は小さく息を吐く。
 だが、止めることはしない。
 瑠駆真も知りたいから。
 どうあっても無視はできない。
 美鶴の持つ、携帯の存在。霞流(かすばた)の番号。

 夏の京都――

「何で隠す? 隠すようなことなのか?」
 挑発するような聡の視線。
「霞流と京都で、何やってたんだよ?」
「嫌な言い方」
 相手を小バカにしたような美鶴の視線。
 病院から検査結果は出ていないが、見たところトルエンの影響はないようだ。まぁ、影響があった場合どうなるのかなんて、聡にはわからない。とりあえず元気そうなのでホッとする。
 元気そうなら、遠慮もしない。と言うより、できない。
「下種の勘ぐりってヤツ?」
「お前がそう言うなら、それでも構わないぜ」
 半眼で見下ろす態度には、(ひる)みも躊躇(ためら)いも感じられない。
「それで構わないから、いい加減言えよ」
「嫌よ」
「どーしてっ」
「これは私と霞流さんとのコトだもの。アンタには関係ない。知りたいんだったら」
 まるで警察の取調べを受けているかのような気分。苛立ちを隠すこともせず、チロリと睨み上げる。
「霞流さんに聞いたら?」
「おぉ、聞いたよ」
「で?」
「お前に聞けとさ」
「じゃあ仕方ないわね」
 惚けたように肩を竦める。
 こちらがどれほど本気なのか、わかってやっているのだろうか? 本気で知りたがるこちらの意志に、まるでゴミでも投げ捨てるかのような態度を見せる。
 くだらないとばかりに細められた視線と、ぶつかった。
 瞬間、聡の何かがブチッと切れた。
 勢いよく伸ばされた両手。遮る間もない。
「やっ!」
 声をあげた時には、すでに右手はスカートのポケットへ。
「やめてよっ!」
 慌てて抵抗するが、男の腕力に敵うわけはない。
「おいっ」
 それまで傍観していた瑠駆真も、さすがに駆け寄る。
「やめてよっ! バカッ 変態っ! スケベッ!」
 だが聡は力任せに腕を捻じ込むと、中から無理やり取り出した。
 それは薄型の携帯。
「なっ」
 慌てて伸ばされた美鶴の手は、虚しく空を切るだけ。
 携帯を掴んだ片手を頭上に(かか)げ、まるで勝ち誇ったようにクイッと手首を曲げる聡。
「返してよっ!」
「やだ」
「泥棒っ」
「お前のじゃねーだろ?」
「私が霞流さんから借りてるのっ」
「どうして?」
「どっ」
 そこで言葉に詰まる。
 どこまでを――― どうやって話せばよいのだろう?
 聡の言うように、確かに隠すような事実ではない。
 霞流慎二に頼まれ、小窪(こくぼ)青羅(せら)の主催するパーティーに出席した。別行動を取ることになった時のためにと、携帯を渡された。
 それをそのまま貸してもらっている。
 ただそれだけの事なのに、なぜ聡や瑠駆真に話せないのか。

 話せない? 話したくない?

 小川のせせらぎが耳に響く。
 耳障りな下駄の音。項を撫でる温い風。揺れる金糸。
 背中の疼き―――







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